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市政

笠間の歴史

【原始~古代】

笠間市内では、石山神遺跡・寺平遺跡・行人(ぎょうや)遺跡など、1万~1万5000年前の縄文時代前期の遺跡が多数確認されています。また、縄文時代後期から晩期にかけての遺跡からは、石斧・石鏃(やじり)・石棒なども多く見つかっています。
弥生時代になると、九州北部から徐々に稲作が伝わり、人々は定住を始めました。
古墳時代になると、豪族による統治が始まるとともに、村単位の集落が発展していき、後に国や郡が成立します。大和朝廷の勢力は笠間地方にも及び、旧笠間市は常陸国新治郡、旧友部町は常陸国那珂郡及び茨城郡、旧岩間町は茨城郡に属していたとされます。

【中世】

平安末期、各地で郡・郷・荘(荘園)・保が築かれ、旧友部町域・旧岩間町域を含む涸沼川流域一帯に九条家領荘園小鶴荘が成立します。この所領を寄進したのは平直幹と推定されており、後に源氏が政権を握ると、八田知家が常陸守護職に就き、この地方を治めます。
その後、知家の四男家政がこの地を領し、宍戸氏を称したことから、この地域は宍戸荘とも呼ばれるようになり、以後15代380年にわたる宍戸氏の統治が続きました。
室町時代後期、宍戸氏は佐竹氏の配下となります。文禄4年、水戸城主佐竹義宣が豊臣秀吉から54万5800石をあてがわれると、宍戸義利も義宣から真壁郡内に6730石を預けられ、宍戸氏の統治は終わりを迎えました。

鎌倉時代初期の旧笠間市域は、修験者や僧坊の修行の地でしたが、なかでも二大寺院とされる正福寺と徳蔵寺が、激しい勢力争いをしていました。その紛争に乗じて両寺を討ち、領地を拡大したのが宇都宮一族です。時の領主・宇都宮頼綱は、甥である討伐軍の大将・塩谷時朝にこの地を与え、時朝は笠間を苗字にしました。時朝は仏教振興に力を注ぎ、佐白山の北側に六坊と生田権現社、現在の大町に宇都宮大明神を勧請し、三所神社を創建し、富士山の北にも愛宕権現社を設けています。
しかし隆盛を誇った笠間氏も、戦国末期の天正18年(1590年)、豊臣秀吉の小田原征伐の際に、18代綱家が本家の宇都宮家に反逆の様子をみせたため宇都宮国綱に滅ぼされ、約385年の笠間氏の歴史は幕を閉じたのです。

【近世】

旧笠間市域では、関が原の戦いの翌年、慶長6年(1601年)徳川家康の譜代大名・松平康重が3万石で入封し、笠間藩が成立しました。以後の笠間藩は3万石前後の譜代大名が家高を上げ、幕府に登用されるための足がかりの地として利用されるようになりました。康重が8年間領有した後は、藩主がめまぐるしく交代しましたが、延亭4年(1747年)、牧野貞通が8万石で入封してからは藩主が固定され、以後9代の藩主が就任し廃藩まで続きます。
江戸時代の笠間藩は、城下町の建設・整備により山内郷(やまうちごう)の中心として、また水戸・結城街道の中継地点として発展。江戸中期以降は、商業と手工業が盛んな町となり、金鉱石の採掘・酒造業・和紙生産などが行われていました。笠間焼は、江戸時代後半に箱田村の久野半右衛門道延が始めたものです。
旧友部町域では、慶長7年(1602年)、佐竹氏の移封に伴い、秋田城主である秋田実季が移され、宍戸藩が成立します。後に水戸藩の支藩となった宍戸藩は、幕末の水戸天狗党の乱に巻き込まれ、取り潰しとなりましたが、明治初年に再興し、廃藩置県まで続きました。
旧岩間町域では、宍戸藩以外にも土浦藩、中根氏、丸毛氏、小菅氏などが分割して支配していましたが、天狗党の乱では、土師村が天狗党に焼き討ちされたり、安居村の自警団が天狗追討軍の一翼を担って参戦したりして、村ぐるみ動乱の渦に巻き込まれました。

【近現代】

明治4年7月の廃藩置県で、笠間藩は笠間県、宍戸藩は宍戸県となり、同年11月には両者とも茨城県に統合されました。明治11年には旧笠間城下を形成した上市毛村が笠間町と改称、明治22年には市町制の施行により、石井・下市毛・日草場の3村が笠間町に加わったほか、宍戸町・岩間村・北川根村・大原村・鯉渕村などが新たに誕生しました。
その後、JR水戸線開通に伴う宍戸駅の設置(明治22年)、常磐線友部駅の設置(明治29年)、などを経て、大正12年(1923年)、郡制廃止に伴い、岩間町が誕生しました。
昭和9年、現在の旭町に霞ヶ浦海軍航空隊友部分遣隊が置かれ、同13年筑波海軍航空隊として独立します。激しさを増す戦禍の中で、旧友部町域からも多くの出征兵士を送り、460人余の尊い命が奪われました。
昭和30年1月、宍戸町・大原村・北川根村及び鯉淵村の一部が合併し、友部町が誕生しました。以後、旧笠間市・旧友部町・旧岩間町は発展を遂げ、平成18年3月19日に合併し笠間市となり、現在に至っています。

旧市町名
沿革
笠間市
明治22年4月 1日 笠間町として町制施行
昭和30年2月11日 大池田村、北山内村、南山内村が合併
昭和31年4月 1日 友部町の一部広谷原を編入
昭和33年2月25日 西茨城郡稲田町と合併
昭和33年8月 1日 笠間市として市制施行
友部町
昭和30年1月15日に宍戸町、大原村、北川根村の3町村が合併
昭和30年3月31日に鯉渕村の一部を編入
岩間町
明治22年
岩間上郷村、岩間下郷村、泉村、福島村、市野谷村が合併(岩間村)
安居村、押辺村、土師村が合併(南川根村)
大正12年岩間町になる
昭和29年岩間町、南川根村が合併

笠間の言い伝え

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