歴史と演芸で親しむ「忠臣蔵」
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笠間にのこる浅野家のはたらき
浅野長直藩主時代に行われた都市計画
浅野家が藩主となる前の笠間藩は、城付き三万石程度でしたが、浅野家が藩主となると五万石に増加。
家臣団の構成もそれなりとなり、武家人口や商工業者の増加も必然となったことから、城下町の整備や拡張が必要となりました。
武家屋敷をさらに広げ、「大和田」、「五騎町」、「桧町」、「桜町」、「裸町」「鷹匠町」など笠間城南側一帯を中下級武家町として整備。
町人町としては、寛永17年(1640)に「新町」を創設。
この成立により、「大町」「愛宕町」「高橋町」「荒町」「新町」の五か町が完成し、以後城下町としての町人町が確立されました。
これらの町割りが現在も引き継がれ、発展を遂げています。
浅野家と笠間城
当初、政務は笠間城本丸の狭い居館で行われていました。
笠間城の山城であるがゆえの不便さと、政務への影響から、長直藩主の時代、寛永20年に現在の佐白山ろく公園の場所に下屋敷が建設されました。








