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笠間つつじまつり

まつりの歴史

昭和32年頃の富士山昭和41年に観光開発の一端として、翌年度から5か年計画で富士山(ふじやま)を「つつじ公園」として造成し、市民の憩いの場とするとともに、春の観光資源とする計画を立てました。

昭和42年、整備に着手し富士山に1,000株のつつじを植え、さらに市民の協力を得て「つつじ一株寄付運動」によって植えられ、同年5月に公開されました。翌年より「つつじまつり」が開催され、昭和45年には、佐白山の桜とつつじで「花まつり」を開催しました。

 

昭和48年のつつじまつり昭和46年には第1回目の「笠間つつじまつり」として、市内各社中の協力による野点、笠間焼の展示販売、つつじ苗木の即売、写真撮影大会、現在の「かさま観光大使」の前身である「つつじ娘」を6名採用し湯茶接待を盛り込み開催しました。

昭和57年には、つつじまつり期間中の5月1日から3日まで、芸術の村隣の広場で「陶炎祭」が初めて開催され、以降、笠間の春を代表する2大イベントとして多くの観光客が訪れます。

 

現在のつつじ公園「笠間つつじまつり」は、産官民が協力し合ってできたまつりです。現在では、7haのつつじ公園に霧島、日の出、久留米、ヤマツツジなど様々な種類、8,500株のつつじが、毎年まつりの時期になると色あざやかに咲き誇ります。

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